青い春をかける少女~3話

03 南方郵便機

 

kakuhaji.hateblo.jp

 

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 放課後の帰り道。 

 私はハニーと一緒に下校していた。

 

 私たちの通っている中学校の帰り道には、大きな池と小さな動物園のある〝恩賜公園〟があって、二人で一緒に帰るときは、その公園を散歩しながら帰るのがお決まりのコースになっていた。

 こうやって二人で並んで公園の中を歩いていると、私は何だかハニーとデートでもしているような気持になって、少しだけドキドキしてしまう。

 

 異性とのデートは今のところ未経験です。

 

「明日のスタジオ練習は、午後一時からびっちり六時間だからね。遅刻はダメだからね。お昼はしっかり食べてきてね。あと水筒も持参したほうがいいよ」

「わかってるって。ハルこそしっかり寝てきてよ。いっつも練習が楽しみ過ぎて、なかなか寝付けなかったーって目を腫らしてくるんだから。ほんと、遠足が楽しみにな小学生じゃないんだから」

「だってー、ハニーは楽しみじゃないの? 週に一回しか三人で練習できないんだよ? 私なんか、いっつもカレンダーを見ながら早く土曜日が来ないかなって指折りして待ってるのに」

「ハルがカレンダーと睨めっこしながらやきもきしてるとこ想像つくわー」

「もー、直ぐそうやってからかうんだから」

 

 ハニーは私の非難にころころと笑った。

 

「それより……リンは来れるの? あの子、夏は講習に模試の連続で忙しいんでしょ?」

「アイリーンなら大丈夫だって。なんかね、少しぐらい息抜きがあった方が勉強もはかどるって言ってた」

「それ……ハルに気を使ってるだけなんじゃないの? まぁ、あの子がそんな気い使い屋だとも思わないけど。それよりアイリーンなんて変なあだ名で呼ぶと、またリンが怒るよ」

 

 アイリーン。

 藍原凜あいはらりんだからアイリーン。

 御淑やかで清楚な見た目からは想像もできない程、ぐさりと厳しいことを言ってくる真面目で素敵な女の子。

 

 結成したばかりのできたてほやほやのジャズ・バンド“南方郵便機”の三人目のメンバー。

もちろん、一人目のメンバーは私こと青瀬春で、二人目のメンバーは、私の隣を歩く蜂ヶ崎蜜。

スリーピースのジャズ・バンド。

 

 それが“南方郵便機”なのです。

 

「えー、アイリーンってかわいいニックネームなのに」

「いや、恥ずかしいでしょ。日本人なのに外人みたいなあだ名つけられたら」

「ハニーは、ハニーって呼ばれても恥ずかしくないのに?」

「いや、恥ずかしいから。私のことをハニーって呼ぶのハルだけだし。ハルのネーミングセンスは謎だし」

「えー、そうだったの?」

「そうだよ」

「私、気に入ってもらえてるって思ってたのにー。一年半くらいずっと呼び続けて今知るなんて、衝撃の事実だよ」

「まぁ、もう慣れたけどね。リンもしつこく言ってればそのうち慣れるっていうか、指摘するのも面倒くさくなるんじゃない?」

「うん。私がんばるよ」

 

 私たちはそんな取り留めのない会話を交わしながら、恩賜公園を池に添って歩いて行く。

 ふと視線を池に向けると、照りつける夏の日差しを浴びた湖面が銀色にきらきらと輝いていた。猛威を振るう蝉時雨は岩に染み入り、紺色のプリーツスカートがひらひらと南風に揺られて、まるで夏の風物詩に拍手をおくっているみたいだった。

 

 ああ、何だか夏って素敵だな。

 

 そんなことを思いながら足を進めていると、少しずつ私の気分が高揚していく。

 胸の鼓動が“グルーブ”して“スイング”していく感じがする。

 

 私は肩から下げたサックス・バックを開いて、今直ぐにでもサックスを思いきりに吹きたい、そんな気分になっていた。

 

「おーい、ハチミツ、セイシュン」

 

 すると、背中から聞き覚えのある声が聞こえた。

 私とハニーは顔を見合わせた後、一緒に振り返った。

 

「一之瀬君と、双海君だ」

 

 私たちと同じ中学校の制服を二人組の男の子が、私たちに追いつて並んだ。

 

「カエデ……どうしたの? てか、いつまでもハチミツって呼ぶのやめなさいよ」

 

 一之瀬楓いちのせかえで

ハニーと同じ小学校で、ハニーの幼馴染の男の子。野球部でピッチャーとキャプテンを務める、女の子に人気の男の子。ショートカットの髪型がよく似合っていて、ハニーと並んでいるとお似合いの二人に見える。

 

「べつにいいだろ。昔からそう呼んでるんだから。それに……ハニーなんて恥ずかしいあだ名で呼ばれてるんだから、ハチミツだって同じだろ」

「カエデに言われてると、馬鹿にされてるみたいでムカつくの」

 

 ハニーは、ぷいとそっぽを向いた。

 私は“ハニー”って素敵なニックネームが、やっぱり恥ずかしいものだったんだと思い知らされて、その衝撃的な事実に打ちのめされた。

 

「……で、わざわざ私たちのお尻を追っかけて来て何の用?」

「お前の尻なんか追っかけてねーよ」

「じゃあ、ハルのお尻を追っかけてきたんだ。やだー、やらしい」

「バカッ、セイシュンの尻も追っかけてねーよ。お前たちの尻なんて、追うほどの尻じゃねーだろ」

 

 私は顔がボンと音とを立てて赤くなるのを感じた。恥ずかしくなって俯いてしまった。

 私は胸にも自信ないけれど、お尻にも自信がない。どうしよう。

 

「カエデ、話がどんどん逸れてる。それに青瀬さんが困ってる」

 

 双海君が、ハニーと一之瀬君の会話に割り込んだ。

 

 この幼馴染の二人は、一度話し始めると直ぐに火花を散らして回りが見えなくなることがある。二人の世界っていうほど素敵な感じじゃないけど、私はそれを少しだけ羨ましく思う。

 

「カエデ、お前が二人を誘おうって言い出したんだから、早く言えよ」

 

 双海君が形の良い顎をくいと上げて、一之瀬君をせかした。

 

 双海聖司ふたみせいじ

一之瀬君と仲のいい男の子。サッカー部のエース。女の子、とくに下級生に大人気。背が高くて、少しミステリアスな雰囲気があって、剃刀みたいにすぱっとした男の子。

 

「で……何の用なの? 早く言ってよね。日焼けしちゃうでしょ」

 

 ハニーも一之瀬君をせかした。

 

「いや……俺たち三年で部活もなくなって暇だろ?」

「それが?」

「だからさ、この後どこか寄って行かないかって思って。ハチミツがアーケード商店街の中に、おいしそうなアイスクリーム屋ができたって言ってただろ?」

 

 一之瀬君は何となく気恥ずかしそうに言った。

 少し粗野っぽい一之瀬君から“アイスクリーム屋”なんて単語が飛び出して、私は一人で面白くなっていた。

 

「アイスクリーム屋じゃなくて、ジェラート屋でしょ? ほんと物覚えが悪いんだから」

「どっちも同じだろ。ハチミツは来るだろ? セイシュンは?」

 

 一之瀬君は私を見て尋ねた。

 一之瀬君は私をセイシュンと呼ぶ。

 

 青瀬春だから、青春。セイシュン。

 

 何だか私には似つかわしくないニックネームで、そう呼ばれると青春に申し訳ない気がする。

 

「あの……私はね、これから――」

 

 私がなんて言おうかと言葉に詰まっていると。

 

「ああ、ハルはダメ。今日は大事な日だもんね?」

 

 ハニーが助け舟を出してくれた。

 

「大事な日って……何だよ?」

「アンタには関係ないでしょ」

「関係なくねーよ。遊びに誘ってるんだから、断る理由くら教えてくれたっていいだろ?」

「女の子にはね、男に教えたくない秘密の一つや二つあるのよ。ねー、ハル?」

「えっと……その……秘密とかじゃなくてね、今日は私の家の近所の喫茶店に行く用事があってね」

「喫茶店? ……勉強でもするのか?」

「その喫茶店には素敵な年上の王子様がいるのよ。ハルは、その王子様に夢中のメロメロなんだから」

「ちょっと、ハニー――」

 

 私は、二人の男の子が聞いたことないような悲鳴声を上げた。

 おそらく私の顔は今、世界で一番赤くなっていたと思う。

 

「……王子様? 年上の男?」

 

 一之瀬君が私をまじまじと見た。

 

「ちっ、違うの」

 

 私は大きく首を横に振って続ける。

 

「私ね……その喫茶店で週に一回お手伝いをして、楽器を習ってるの。今日はそのレッスンの日なの。だから、その……コーヒーを飲みながらね、ギターとか、サックスを吹いて、たまにセッションなんかしたりして……またコーヒーを飲んでね、たまにお喋りをしたりもしてね、その喫茶店のマスターは……ハルキさんっていうおじいさんでね――」

 

 私は自分が何を言っているのかよく分からずに、要領を得ない言葉を並べ立てた。

 夏の日差しにやられてしまったみたいに目を回していた。

 

「ああ、ハルの要領がオーバーしちゃった」

「何だ、楽器の練習かよ」

「あの、でもね――」

 

 私が説明を続けようとすると――

 

「また青瀬さんが困ってる。カエデ、もういいだろ? そのジェラート屋には三人で行こう。青瀬さん、引きとめて悪い。その喫茶店に行くの遅れちゃっただろ?」

 

 双海君がこの場を上手く治める言葉を発してくれた。

 

「わかったよ。じゃあ……三人で行くか」

「ごめんね。せっかく誘ってくれたのに」

「いいよ。どうせ来週から夏休みだし……次はセイシュンも来いよな」

 

 一之瀬君は少し残念そう言って、私は少し胸が痛くなった。

 私もジェラート屋さん行きたかったけど、今日だけはダメなんだ。

 

「…………」

 

 そんな私と一之瀬君のやり取りをハニーがじっと見ていた。

 

「カエデ、あんたおごりなさいよね」

「何でだよ?」

「こんな日差しの中に女の子二人を何分も立たせたんだから、当たり前でしょ」

「知らねーよ。ハチミツにおごったってしょうがねーだろ」

「しょうがないとは何よー」

 

 またしても二人の会話に火花が散りだした。

 そして私たちは公園の出口まで歩きだした。

 

 私は少し後ろを歩く双海君をチラと見る。

 

「あの双海君……さっきはありがとう」

「別に、俺は何もしてないけど」

 

 双海君はお澄まし顔でさらりと言った。

 ああ、なんてナイスガイなんだろうと思って、私は顔を赤くした。

 

「それより、今度その喫茶店でライブするんだって?」

「うん」

「なんだっけ、バンド名?」

「“南方郵便機”だよ」

「そう、それ。確か藍原がメンバーなんだろ?」

「うん。アイリーンもメンバーだよ」

 

 私がそう言うと双海君がくすくすと笑った。

 笑い顔がとてもキュートだった。

 

「ハニーに、アイリーンに、セイシュンか。何だかすごいメンバーのバンドだな」

 

 そう言われて、私は恥ずかしくなって俯いた。

 やっぱり私のネーミングセンスが悪いのかな? 

 それともセイシュンが場違いなのかな?

 

「ごめんごめん。からかうつもりじゃなくて。俺は良いと思うよ。そういや、よく藍原をメンバーに入れられたね? あいつあんまり友達とかと深くかかわるって感じじゃないし、音楽なんて聞きそうもないのに」

「アイリーンのことよく知ってるの?」

「知ってるっていうか……中一の頃から同じクラスだから少し気になってさ。あいつが教室で笑ってるところだってろくに見たことないし、クラスの連中からは“勉強の虫”だって言われてるよ」

「たしかに……アイリーンは頭良いし、あんまり笑ったりしないかも。でもね、たまに笑うとすごーくかわいいの。私なんてね、アイリーンの笑顔みただけですごく嬉しくなっちゃう。なんていうんだろう……たまーに宝石箱の中を開けちゃう、みたいな感じ?」

 

 そこまで言って、私は何を言ってるんだと俯いた。

 隣で双海君がくすくすと落すように笑っている。

 

「藍原も青瀬さんには骨抜きって感じなんだろうな。何となくわかるよ」

「アイリーンが骨抜き?」

 

 ただでさえ痩せているアイリーンの骨がなくなったら、皮だけになってしまう。

そんな想像をして私はそうじゃないと首を横に振った。

 

「今のは忘れて。青瀬さんのライブさ……カエデと見に行こうって話してるんだ。楽しみにしてるから練習がんばってよ」

「うん」

 

 私は小さく頷いた。

 何だか嬉しかった。

 

「ハルー、なに双海とイチャついてのよー」

「そんなんじゃないよー」

 

 その後、恩賜公園を出た私たちは駅前で別れた。

 三人はジェラート屋に向かって行った。

 

 私はみんなと別れた後、足を弾ませ、胸の鼓動をグルーブさせて、目的の喫茶店〝夜間飛行〟に向かった。

 

 

 私の中で音が溢れ出して、私のスイングはもう止められなくなっていた。

 

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